チェット・ベイカーになれなかった男

Tony Fruscella & Brew Moore Quintet
The 1954 Unissued Atlantic Session

"トランペットの詩人"トニー・フラッセラとレスター・ヤング直系のブリュー・ムーア、この二人による双頭コンボの未発表音源。
ニューヨーク録音だが、ときにウエストコースト風でもあるのは、マリガン=ベイカーを意識したようにも思える。とくにトニー・フラッセラのトランペットはチェット・ベイカーによく似ていて、中音域のクールなフレーズが魅力的。同時期のチェットよりも妖しい気配をまとまっているのは、薬物のせいだろうか。
事実、トニー・フラッセラは薬物とアルコール依存症で演奏ができなくなり、42歳でこの世を去ってしまった。一方、薬代金のトラブルで歯を抜かれてもしたたかに生き延びた末、ホテルから転落死したチェット・ベイカー。結局は似たような最期を迎えた2人だが、人気も知名度も大きな開きがある。
何が2人の運命を分けたのか、アトランティックがなぜお蔵入りさせたのかわからないけれど、トニー・フラッセラは十分人気アーティストになる可能性があったと思わせる一枚。マイナーブルースがいい。