偏愛の理由は

stan getz at storyville

村上春樹が愛聴していることで知られる『at storyville』。この時期ほかにもたくさん良い作品があるなかで、村上がこれを偏愛している理由は、クールながら熱気溢れる演奏が繰り広げられているからだろう。

確かに名盤ではあるけれど、自分がひそかにこの作品でいちばん聴きものだと思っているのは、ゲッツの切れ味鋭いアドリブではない。ましてやアル・ヘイグでもジミー・レイニーでもない。それは「ムーヴ」での観客の声だ。
絶妙なタイミングで飛び出す「イヤッホー!」という大きなかけ声。はじめはドキッとさせられたが、やがてこの「イヤッホー!」を聴くために『at storyville』を取り出すようになってしまった。

『at storyville』の観客のかけ声に反応しているのは自分だけではないと思っていたが、村上春樹が自身のラジオ番組「村上RADIO」で次のように語っていたことを知った。

「タイニー・カーンのドラムソロのあとで「ヤッホー!」という声が入って、あれが格好いいんですよね。歌舞伎の掛け声みたいでね」(2022年1月10日放送)

やっぱりそうだったか。
村上春樹がこの作品を偏愛しているのも、あのかけ声があるからにちがいない。