アート・ペッパーと村上春樹

ジャズを聴き始めた頃、アート・ペッパーが大好きだった。『ミーツザリズムセクション』の「You'd Be So Nice To Come Home To」に涙し、「Imagination」に酔い、やがて哀しき「Tin Tin Deo」「Birks Works」で孤独を噛みしめる。ペッパーの「べサメムーチョ」や「You And The Night And The Music」「枯葉」を聴かない日はないほどだった。

それがある時期からパタッとアート・ペッパーを聴かなくなった。村上春樹の小説をまったく読まなくなったように。
はっきりした理由はわからない。村上春樹の語り口にこそばゆさを覚えるようになったように、女々しいアルトに嫌気がさしたのかもしれない。

そんなこんなで、アート・ペッパーが好きだなんて恥ずかしくて言えない。語ろうとしても心地悪さがつきまとう。アート・ペッパー体験があまりに個人的過ぎて、誰かに語りたくはないのだ。

所有しているのもアナログ盤ばかりで、CDはほんのわずかしか揃っていない。 さんざんLPで聴いていたアルバムをCDでも買い揃えることはレアなのだ。
これは例外の一つ。

art pepper the trip
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ウディ・ショウの名曲「Sweet Love Of Mine」を収録しているこの作品が、いわゆる"後期ペッパー"のスタジオ録音のなかでは、いちばん出来が良いのではないだろうか。このころのケイブルスは最高だし、ドラムにエルヴィンを迎えたせいかレイジーな雰囲気がいい。
村上春樹を読もうとは思わないけれど、久しぶりにこのアルバムを聴いて、アート・ペッパーを聴き直してみようと思った。